2016/03/30

Gordon Martinさんにお会いしてきた

OPUSカードチャージしなきゃ。機械でチャージ。最後にエラー画面が出た。カードを抜き取るのがいつもより早かったからね。多分チャージされてない。ま、いいや。
改札を通る。やっぱりチャージされてない。
「すみません、すみません!」と、ボックスに入った駅員のおばちゃんを呼ぶ。おばちゃん何かしゃべってるけど、声が全然聞こえない。
それ、それ、と指をさすおばちゃん。その先には受話器だ!これで話せってことか。
「もしもし今ね、チャージしたんだけど、されてないんです。でもレシートは出てきたの。」
フランス語で何か言うおばちゃん。そして戻ってきなさい、とゲートを開ける。
OPUSカードとレシートを差し出す。おばちゃん、レシートのある一行を丸で囲む。
「エラーなんだね?」
うなずくおばちゃん。



お家を訪ねる前に、近くに大きな公園があるみたいだから行ってみた。この時期の公園はあまり綺麗じゃないけど、でも気持ちがいい。
今日は暖かい。ダウンを着て、ちょっと歩けばすぐ暑くなる。だけど公園のベンチでじっとしてたら、すぐに冷える。

この辺りの家はやっぱりかわいらしいねー。




約束の時間。ベルを鳴らすと扉が開いた。
「入っておいで。」
「こんにちは。」
扉を開けるとすぐ階段。声は聞こえるけど、姿はまだ見えない。

階段を上がると、白髪のおじいさん Gordon Martinさんが笑顔で迎えてくれた。
「はて、Lotte Reinigerに興味があるのはどなたかな?」
「私です!」
「君かぁ、よく来たね!」

台所に通された。ダイニングテーブルの上には、Reiniger関連の本やらが用意されていた。そして席に着くとお話が始まった。その前に!
「これどうぞ、あなたに。」 Martinさんにテントウムシのお菓子を差し上げた。
「かわいいねー。ムシャムシャムシャ(食べるマネ)。食べるのがもったいないよ。作ったの?」
「まさか!パン屋さんで買ったんです^^」

そしてReinigerのお話が始まった。どうやって彼女に出会ったかとか・・・。
それから家の中に眠ってるReinigerの品を探す。なかなかコレッていうのが見つからない。左は1945年8月15日の新聞。そう、あの日の。右はMartinさんの亡くなった奥さんの日記というか、日記みたいなもの。このページは1972年か77年のある日で、Reinigerのことが書かれてた。



ここは当時Reinigerが使っていた部屋。今は息子さんのベッドが置かれてるけど、ここに彼女は机とライトを置き制作した。



家の中には彼女が切り取ったキャラクターたちがちらほら。実際に撮影に使われたものもあった。



ラフ絵コンテだ!!!鉛筆で描かれてる。




「今日はあまり見せてあげられなくてごめんね。まだたくさんあるんだよ。でもどこにあるか・・・探してまた連絡するから、近いうちにまたおいで。」
あたいが訪ねるのが早すぎたみたい。それでも、きちんと用意して待っててくださった。あたいが帰った後の対応もきちんとされてた。

こんなにいっぱいもらっちゃった!カバンに入りきらない・・・。
「何か袋がいるねぇ。」と探し始めるMartinさん。
「これこれ、いい物見せてあげよう。」袋から取り出すと出てきたのは、犬のエサ皿。
「わしは子供のころ、これでご飯を食べてたんだよ。」
「ええーーー。」
「面白いでしょ。でもわしはこのお皿が大好きだ^^」
Martinさんはよく笑うし、ユーモアたっぷりだし、すごく気遣ってくださるし、とってもいい人だよ。教授が”機嫌がいいといいけどね”って言ってたから、会う前はちょっとマイナス思考だった。からかわれたのかな?

そして、そのエサ皿が入っていた袋にお土産を詰めて帰った。
帰り際、「階段気を付けてね。39段あるからね!」って。数を数えてるところがかわいい^^ あたいなんか自分家の階段の数知らないよ。



アニメーション人を訪ねたのは3ヶ月半ぶりだった。良い人に出会えた、嬉しい^^
「Martinさんは今年のオタワには行かれるんですか?」
「何とも言えない。行きたいなとは思ってるよ、でも体力的にね・・・」
そっか。オタワまでは車でたったの2,3時間。たったの・・・あたいには。でもあたいよりずっと年齢を重ねたMartinさんには、それがしんどいんだ。
若い時は金銭が問題になりやすく、年をとると体力が問題になる。だからできるうちに、思いっきりやらなきゃ!!

0 件のコメント:

コメントを投稿